VTuberが引退する度に思う「VTuberの限界点」〜持続可能なVTuber活動のためには〜

・VTuberの寿命の短さ

 VTuberの隆盛から1年ほど経つ。

ここでいう隆盛とはにじさんじを筆頭にした2DモデルがVTuberとして台頭しだしたという意味である。

他の業界に比べて、ここはかなり寿命が短い。

人気があると言われる数万人単位のVTuberでも平気で辞めていく。

理由はさまざまであるが、最近辞めたあるVTuberは「やりたいことが出来たから」と言った。

しかし、そのやりたいことが出来ないVTuberとはなんなのか、と思ってしまったのは私だけではないはずだ。

 

・2Dモデル隆盛の功罪

VTuberといえばキズナアイを筆頭にした四天王の3Dモデルが動くのに物珍しさがあったが参入には非常に敷居が高いものがあった。

それを一気に下げたのが2Dモデルである。

平面の絵に動きをつけてカメラから動きなどの情報を読み取って動かすという手法はVTuberの敷居を一気に下げた。

しかし、2Dモデルは言うまでもなく立体的な動きが出来るわけもなく、出来ることといえばゲーム実況や雑談といったそれこそ「生主」と変わらないものであった。

現在活躍しているVTuberたちの前歴を見てもそのことは明らかだ。

手元だけでも出せばいいのにと考えるのだが、それすら「世界観を壊す」と許されないのだからいよいよ出来ることは無くなってくる。

それを表すかのように3Dモデルを発表するVTuberが後を絶たない。

 

・持続可能なVTuber活動に必要なこととは

時々、VTuberである必要性がこれはあるのかと思うことがある。

楽しければいいし、そこにいる人たちが楽しければ自分が横槍をわざわざ入れる必要は無い。

ただ、業界全体を見たときに、伸びしろを考えたときに「VTuberである必要性」というのは絶対に出てくるものである。

メディアミックスであったり、コラボであったりで「VTuberを使う理由」というのが必要になってくる。

ただゲームをやって雑談をやってファンから投げ銭をもらっているだけのVTuberに未来があるかといえば、私は無いと思う。

私は常々「持続性」が重要であると言っている。

今のままではリアルのYouTuberよりも行動が限られているVTuberは苦しくなる一方である。

今こそVTuberという枠から外れて大きく「YouTuber」として自分を見つめ直す必要があるのではないだろうか。

VTuberの視聴者を飛び越えて、一般層にどうアプローチしていくか、そういうことを考える段階になったのではないだろうか。

今こそ転換期、全員で考えたいことである。